アジアスケッチ旅行

アジアスケッチ旅行 2006年

Asia Wave 2006 1月号-12月号に掲載

ひっそり佇む遺跡の中で   タイ・シーサッチャナーライにて

シーサッチャナーライ遺跡公園スコータイ市街から一時間ほどバスに揺られてシーサッチャナーライ遺跡公園へと向かった。バスを降りたのは私一人。周りを見渡しても誰も歩いていない。近くには個人商店が一軒のみの辺鄙な場所であつた。その個人商店では貸し自転車屋も兼ねていて私は一台の年季の入った自転車を借りて遺跡の中を走り回った。
あまり知られていない遺跡なのか観光客の姿はほとんど見かけなかった。
その代わり鳥や虫は多く見かけた。木々が繁る一帯には白鷺のような鳥が群れを成して集まっていた。スケッチしている時、蟻が足元を這いまわり、空中には十数匹のトンボが羽ばたいていた。バサバサッと音がしたので見上げると一羽の鳥が木の上の方に止まった。灰色がかつた十センチほどのその鳥は翼の下の体の色が息を呑むほど鮮やかな青色をしていた。枝から枝へと飛び移る青い鳥に私は見惚れていた。

鼓楼と紫の空   中国・天津にて

鼓楼客桟天津駅前からバスに乗って十分ほどの所にある鼓楼客桟という一画に足を運んだ。清の時代に創建されたと思われる時を知らせる楼閣を中心にして、東西南北に古い町並みを再現した通りが伸びている。通りには中国的な物品を売る露店が軒を連ね、私は端から端までゆっくりと見て回った。
所どころで人だかりが出来ている。唄っでいる様に聞こえる物売りの声や楽器店の主人の演奏する二胡の音色に耳を傾けている人々。印鑑用の石を物色している人、熱心に古本を探す人など。品物とそこに居る人達を眺めているうちに日が暮れて風が冷たくなってきたので、そろそろ帰ろうと思いその場を離れた。途中鼓楼を見上げると西の空が紫色に染まっていた。心惹かれた私は急いで筆を走らせた。手元が闇に紛れる前に。

長城の涯その1   中国・河北省秦皇島山海関にて

秦皇島長距離バスを下車した私は秦皇島鉄道駅にほど近いホテルにチェックインした。
この地へは一度訪れたいと以前から思っていた。というのは、万里の長城の東の端がこの地にあることを知り、ではどういう処なのか実際に見てみたかったのである。
その日の夕方、フロントにいた従業具に私は訊ねた。長城へのバスでの行き方とどこに行けば見られるのかを。
翌日市内バスを乗り継いで東南方面へ向かった。山海関という地域に長城はあった。老龍頭という名が付いた城壁敷地内を歩いて行くと階段があり、そこを登ると海が見えた。城壁は海にせり出していた。私は突端まで行き、身を乗り出して下を覗くと波が壁にぶつかり砕け散っていた。冷たい凰が強く吹いていたが気分は良かった。

長城の涯その2   中国・河北省秦皇島山海関にて

山海関少し離れた所から城壁を見たいと思い、やはりこれも海に突き出している海神廟へと足を運んだ。
遠くから眺めてみると、老龍頭という名称はその名の通り、龍の頭の形をした城壁の先端ということが分かった。
私はべンチに腰掛けスケッチを始めた。そして思った。万里の長城とは、実は龍をデザインした壮大な芸術作品だったのではなかろうか。壁の上部の凹凸はごつごつした背中を、山の尾根に沿ってうねる城壁は龍の動きを表現しているのではないか。巨大な龍は広大な中国大陸を経て、今まさに海へと突入しようとしている場面なのではないだろうかと。
スケッチを終えた私は波打ち際でしばらく佇んでいた。近くでは家族連れの旅行者が楽しそうに語り合い、子供達ははしゃいで元気良く走り回っていた。

長城の涯その3   中国・河北省秦皇島山海関にて

山海関 海を背にして長城の続く先を眺めた。およそ六五〇〇キロも続く万里の長城の基点にいるのかと思うと感慨深いものがあり、時の経つのも忘れてしばらく佇んでいた。
腰掛けられる場所を見つけ、そこで私はスケッチを始めた。大砲から先は旅客通行禁止になっていて、時折来る観光客のほとんどはここで道の写真を撮っていた。私のことが気になり話し掛けてくる人もいる。なにを描いているんだ、どこから来たのか、などと。
皆すぐ立ち去るが、私がスケッチしている間ずっとまとわりつくものがいた。綺麗な模様の可愛い天道虫だ。私の服や鞄、紙の上にまで飛んで来る。絵が描きづらくて困ったものだった。絵を描いてくれたことに対する祝福だったのか、それとも不意の侵入者に対する威嚇攻撃だったのだろうか。

サンドイッチショップを眺めて   カンボジア・シェムリアップにて

サンドイッチショップアンコールワット遺跡で名高いシュムリアツプの町を訪れた。町では旅行者の姿を多く見かけたが、きっと世界中から来ていることだろう。
市街地の中心に旅行者にも地元の人にも安くて美味しいと評判のカフェがある。私はこの店でスパゲティを食べたあとシェークを頼み、友人であるカンボジア在任日本人と会話しながら目の前の風景をスケッチした。
フランスパンに各種具を挟んだサンドイッチはどこで食べても美味しいと思えるが、道の向こう側に見えるサンドイッチショップはこの町で一番味がいいということで地元のカンボジア人に大人気の店だと友人は言った。
残念ながら私はそのサンドイッチを食べる機会を逸してしまった。次回シェムリアツプを訪ねる際の楽しみが一つ増えた。

画家の家   タイ・メーソートにて

カレン族の画家の家で以前ここに来た時にビルマのカレン族の画家と知り合いになり「いつか機会があったら私の家へどうぞ」と誘ってくれていた。今回日本人の友人二人と共にこの地に来ることになったので我々は彼の家へ遊びに行くことにした。家の中に入ると友人や家族兄弟が集まり賑やかであった。もち米で作った甘いお菓子とビルマティーでもてなしてくれ、長い間彼らと雑談を楽しんだ。一階の部屋はアトリエになっていて作品が所狭しと置かれている。兄弟の作品、友人の作品も多数壁に立て掛けてあった。
翌日の午前中近くのカフェに皆で集まり食事を楽しんだ。そして再会の約束をして我々三人はこの地をあとにした。

ラオス・ミャンマー・タイ   タイ・ゴールデントライアングルにて

ゴールデントライアングルの眺めメコン川沿いにあるタイ北部の町チェンセーンのゲストハウスからマウンテンバイクに跨り、八キロ先のゴールデントライアングル目指してぺダルを漕いでいた。アップダウンはないが暑さがこたえる。汗をかいて前に進んだ。時々右手の樹々の間から見える川の流れに癒された。
三十分ほどして到着した目的地は一帯が観光地として栄え、土産物屋が軒を連ねていた。団体旅行客も多く通りは賑やかだった。
高台に寺があり、私は参道の入ロに自転車を停め歩いて登って行った。さらに展望台へとつながる道があったので進んで行くと開けた場所に出て、眼下には雄大な景色が拡がっていた。川の向こうの右側はラオス、左側はミャンマー、そして手前がタイである。黄金の三角地帯。日陰を見つけて腰を下ろし、スケッチ用具を取り出した。

赤い柱のギャラリー   ミャンマー・タチレイにて

赤い柱のギャラリーあてもなく散歩しているとたくさんの絵が目に付いた。外壁や店先の歩道に出してある机に立て掛けてあったり、室内の壁に所狭しと貼られていた。外の長椅子には少年が一人、真剣な眼差しで絵を描いていた。店主は画家であった。彼は「油絵'、水彩、アクリル、パステルなど画材は様々」と言って今までの作品を茶封筒から出して私に一枚一枚見せてくれた。題材も風景画、人物画、静物画、抽象画と様々だった。なかには紙ヤスリの上にパステルで描いた絵もあった。いい紙、いい道具の入手が困難で色々な技法を試しているのだそうだ。昼間は近所の子供達に絵を教えているという。先ほどの少年は生徒だったのだ。教える方も教わる方も楽しそうだった。

クーデター、街の様子   タイ・バンコクにて

迷彩服を着て銃を手にした兵士9月20日。衡撃的なニュースに市民も動揺していたようだが市民生活はたいして大きな混乱もなく、いつもと変わらぬ日常風景だった。昼近く幹線道路の交差するアソーク交差点に行くと、迷彩服を着て銃を手にした数名の兵士を見かけた。通りすがりの通行人が兵士と一緒に記念写真を撮ったり、気軽に話しかけたりしていて、緊迫した空気はあまり感じられずほのぼのとしていた。一旦この場所を離れ再び戻って来たのは午後2時。スケッチしてもいいかと近くにいた兵士に尋ねると、笑って「〇K」と答えてくれた。

旧バンコクノーイ鉄道駅   タイ・バンコクにて

旧バンコクノーイ鉄道駅国立大学である名門タマサート大学。用事があって私は大学敷地内へと入った。時間は昼時。学生食堂は制服を着た学生で溢れ返っていた。タイの大学は制服着用である。私服の私はかなり目立っていたことだろう。学食で食事を済ませてから、チャオプラヤー川沿いに建っている東屋へ行った。川の向こうには今は使われていない鉄道駅の駅舎が見える。以前は西部方面に向かう列車の始発駅として賑わっていたのだろうが今では開散としている。
川の流れと繁った樹と茶色の駅舍を眺めているうちに心が和んできた。私の周りには学生達がのんびり休んでいた。

紅茶と中国茶   ミャンマー・ミャワディーにて

紅茶と中国茶町を散策して疲れたので近くにあったカフェに入った。
ミャワデイーには至る所にカフェがあるので探すのは苦労しない。メインストリートから横にそれるともう舗装されている道はなくなり、店内の床も剥き出しの土という所がほとんどだ。そして低いテーブルと椅子が並べられ客はしゃがむ様にして紅茶を飲む。紅茶はコンデンスミルクたっぷりのホットミルクティー。疲れた体にはとても美味しく感じられる。各テーブルの上には中国茶の入った中国製の魔法瓶と湯飲みが置かれ、自由に好きなだけ飲んで構わない。
二種類のお茶を交互に飲みながらスケッチをしていると、いつの間にか私の周りに人だかりが出来ていた。私が絵筆を置くと彼らは満足した様子で店を出て行った。